ケーキハウス・ツマガリ:甲陽園のお菓子工房

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ツマガリ社長について

講演内容

「志を立てれば道は拓ける」串間市立福島中学校 第9回立志式より

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講演するツマガリ社長

みなさん、こんにちは、津曲でございます。 僕は、職人でございますから、しゃべるのが仕事ではないものですから、みなさん、半分勘弁して聞いてもらおうかなと思っています。
先ほどから、話を聞いておりますと自分もこの年があったのだなあと思って、13歳から14歳のころを思い浮かべながら、将来のことを自分が考えておったのかなあと思い浮かべていました。

ところが、みなさんの作文を読ましてもらったりすると、非常に素晴らしい内容の作文を書かれて、自分は荒っぽいというか自分は全く将来のことは何も考えてなくて、その日暮らしをしていたような気がします。卒業する3日位前に、中学校の技術家庭科の先生に、「どこか行くところはないですか。」と聞いたくらいですから。そうしたら、先生が、「俺の友達が同級生で、東京で7、8人の人を使って荷物運びの会社をしているから、そこに行ってみらんか。」それまで、いつも祖母が、「おまえは、鉄道員にならんか。」と言っていた。夢というものは、ある程度、知識があるところを目指すものです。 人間は知っているところを目指すものですね、知らないところは目指さないものです。

今日、この白衣の服装をしていることは、数奇な運命をたどっているのですけど、現在、洋菓子、パティシェという仕事をしています。人はすべて縁の中に動いているのですね。志があっても、縁があっても、突き放されればなくなる場合があります。
何も考えないでも数奇な運命にたどりつくこともあります。心のもちようによっては、変っていくのですが・・・。

技術家庭科の先生に相談して、「はい、わかりました」何もこれからつく職業の意味、内容がすべてわからずに、おばさんから4,000円、お金を借りて、東京にいきました。学生服のままで、着の身着のまま、着替えなしで下着だけを入れて、ボストンバッグもなし、ふとんもなしで行ったのですが、とにかく食べ物を何とかしなくてはいけないと思った。

みなさん、今では、家に帰れば、冷蔵庫がありますね。食べ物には不自由をしていないのですが、私は、中学校を卒業するまでに、両親がいなくなった。80歳のおばあさんしかいなかった。生活保護を受けなくてはいけないような状況でありましたが、僕は受けませんでしたけれども・・。 そうなってくると、野山をかけめぐり、海、山すべて食べ物を探して、春は、つわ、山芋、海にいけば、はまぐり、からすげ、4月になれば、ひじき、これは海にもぐって鎌をもって取ったり、また、川畑の蒲鉾屋に行って、朝5時に起きて、魚の頭をもらいに行って豚のえさにしたり、澱粉かすをもらいに行って豚を養ったり、高松の密柑山で、にわとりを養って大きくして食べたり、春になると小川に鮒が流れてくるんですね、それを捕まえては食べたり、いろいろなことをしてきたわけです。

今日までの志はなかったかも知れないけれども、これまで行くところ、いくところの仕事に対して、正々堂々と生きてきたのは体力と気力と学力です。私の最終学歴は福島中学校です。私は、学力もなし、金もなし、貧乏で、何もなし、ただあるのはこの体だけですけど、やはり荒っぽいのです。だからね、何も終わったことを悔やむことなし、失敗したことを悔やむことなし、いつまでもくよくよ悔やまない。将来のことについて、やりもしないことを、悩まない。

今日一日、今を一生懸命に、生きる、やる、行動に移す。例えば、今、何も目的がなかったから家の周りを走り回る。たまには、日曜日には、寝ない工面をして徹底的に一週間、どれくらい寝なくて生きていけるか訓練をする。普段から、体力、気力を蓄えておく。そうすると、必ずいつかチャンスがくる。チャンスがきたときに、キャッチのできる、受け入れることのできる。「はい」とどんな仕事でもできるという心構えをつくっておくことが大事なことでないかあと思います。

ですから、運命を拓くという人間は、また、運というものは、どこかそこらへんにあるような気がします。私は、この世の中で何が一番大切かを考えることがある。それは、忍耐です。耐えることができる人間は、最高の才能がある人間であると思います。
例えば、耐えること、がまんすること、食べることでもそうです。例えば、人に好かれると思えば腹を立てず、心は丸く、口を慎み、礼儀を正しくする。そうしますと自分で、自分を、自分のものにする心ができますね。内面的なことについて、自分自身の強さを身につけることができると思いますね。

話は変りますが、私は15歳で、「高千穂」という夜行列車に乗って、デコイチという機関車に乗って東京に行くのに2日かかりました。ところが、部屋に着いてみると、四畳半の部屋に4人ほうり込まれました。寝るときにふとんが用意されていると思っていたら、ふとんが用意されていませんでした。はじめに、借金してふとんを買ったんです。そこには、風呂もなし、何もなし。そして、銭湯というところに、はじめて行って、はじめて人前で風呂に入って、びっくりしました。私のところには、五右衛門風呂しかなかったからね。人前で石けんをつけて、こするのがとても恥ずかしかった。今思うなら、多くの人の中で風呂に入るのははじめてでした。

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